8月15日以来、久しくカメラを起動していない。その時


夕刻は迫ろうとしていたが、なんだかいつもより空をそうぞうしく感じていた。だが滅多に見れない空だ、これが普通、通常であろうとさえ感じさせられながらも疑心暗鬼の念は封じ得なかった。

 その日は決して撮りたいとは思わない太陽、夕日が被写体として選ばれていた。何故なら大手プロバイダーがそれを望んでいたからだ。きっとこれはたぶん、デジタルカメラの販売に乗り出した某メーカーの影響に思える。何故なら他社製デジカメとの共存、或いは消滅をも視野に入れた、新たなユーザー獲得戦略、陰謀にさえ感じたからだ。

 だからこの様な無謀な提案でユーザーを惑わすのではなかろうかとも思えたが、外せばまだ使えるかもとさえ考えた為に行われた。しかしこの行為は光学式であったとしても許されるものではなく、フィルターの常用は常で、必要不可欠な筈だからきっと優れているに違いない、このメーカー製は・・・

 

 その日も残暑が厳しい朝だ。そして相変わらず蝶は夏のあの日より、少しだけ小さくなりながらも好く舞っている。そして何時の間にやら仲間も増えたらしく、常に三羽で飛び交っていた。人を恐れることもなく、堂々人生、蝶生を送っている風にも思えたが、それ故、夏の始めみたいにレンズを向ける気は薄れた。しかしこのままでは宝の持ち腐れ、腕の衰えを心配するかの如く、盆休みを明ける機会にしていた。

 今までになく、飛行状態を容易く撮れた。でもそれらは絵的な感動を呼び起こさず、つまらなく感じさせられた。だから直ぐにその場からは離れるが、再びその場に現れファインダーを覗けば、枝へとまとわり付いていたのである、蝶らしき物体が。思わぬこのこの光景をシャッターを押す事で癒したが、理解するには到底及ばず、夕焼けは待っていた。

 夕日だけはレンズへ絶対に入れないよう、細心の注意を払いながらも何気なく空を探した。すると帰宅を急ぐ鳥達が、縦横無尽に飛び交っている。さらに観察を続ければ、四羽が一つの塊、兄妹である様に感じ始めた。しかしである、ツバメは六個の卵を産み、それらが巣立っていく。やはりこれも大きさ、種類の違いに起因するのかなと思いきや、二羽が追いかけるように遣って来るではないか。もしや置いてきぼり、それとも二羽は別のアプローチそれともアツアツ、なのかな?と一人気を揉むと日は沈んでいた。
 朝になってその写真を見る。するとアップロードをためらわせる状態である事に気が付かされる。蝶達の生殖活動らしき状態を始めて見たが、これほどまでに大胆であると生唾を飲み込まずにはいられないと同時に唖然とさせられたからだ。

各人ご確認の上、考察いただきければ幸いである。よしなに。

実は最後の写真に合わせ、
   物語を書く予定でしたが観察日記でしたね!次回こそは